第58期感想

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#1 葬列(藤田揺転さん)
いろんな人が出てきて、彼らが話に絡んでくるのかと思いきや、すぐに居なくなってしまって、印象としては、主人公が葬列の間をするするとすり抜けて先頭まで辿り着いてしまったような感じがした。靴を履き忘れたことも、気付いたっきり、もうその話はしてない。作者としては、あれこれ理由を説明したくないということなのかもしれないけれど、何もかも置き去りにしていくかのような文章は、何だかそっけなく思いました。下書きだけして、色を塗らずに破り捨ててしまうような感じでした。
ラストは楽しそうでいいなと思いました。もっと楽しそうでもいいかもしれません。オーバーヒートするくらい。前期の作品はトんでて好きでした。

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#2 ねがいごと(チョコボール2001さん)
素直ないい話で、こういう話を書ける人は羨ましいなあと思います。話としてはいいんですが、あとは見せ方の問題で、たとえば、『そうよ。沢山お供えしたら、必ず願い事をきいてくれるの。ほら、ヨウコもお供えしなさい。はい、これ。』という台詞はラストの台詞と対になってるんですが、対になっているにも関わらずあまり印象的ではなかったように思います。無理してその場で気付かせなくても、家に帰ってばあちゃんが作った油揚げの煮物を食べてるときに思い出したでもいいわけですし、むしろそうやって主人公の現在の周辺状況なんかを書いたりすると、他人に真似できない部分が出てくるんじゃないかなあと思います。

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#3 枕の下にある枕(鏡 もちさん)
お腹の上に乗せてあげるっていいですね。こういうほんわかした終わり方って良いです。くすぐったくなるけれど。
あと、これは擬人化を使った作品に対していつも言ってるんですが、擬人化したからといってそいつが人間と同じこと考える必要はないんです。人間の頭の重さに対して文句を言うって、枕の存在意義的にどうなんだと思ってしまったりします。重さに耐えるようには作ってあるけど、お前の頭の匂いには耐えられないんだよ!とかどうでしょう。どうでしょうっていうかそれだと良い話にならないですね。

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#4 スペース・リビドー(灰人さん)
僕は新顔の人がいると必ずメールアドレスを見るようにしていまして、というのも、ユーザーID(@の前の部分)にその人の嗜好が表れていたりして面白いんですよ(この数字は誕生日かな?とかも)。いや、ほんのきまぐれでつけたってこともあるかもしれませんが、小説を書くような人は、けっこう考え抜いた挙句に決める人が多数であるに決まってますよ。偏見ですが。というわけで今期の新顔の方々のメールアドレスも見ていたんですが、まあいいや。
僕はちんこよりちんちんの方が語感が好きですが、この話だとちんこの方が適切でありました。わざわざテキストエディタでちんこ→ちんちんに変換して読みました。ちんこでよろしいと思いました。
これは僕のまったくの想像なのですが、作者は、はじめ、とりあえずちんこって書きたかっただけなんじゃないかと思いました。何故ならちんことはそういう言葉であるからです。しかし、出来上がった作品を見ると、良く出来てるなあ、悲しいなあ、切ないなあと思いました。『よかったなあ』という独白にも関わらず全体に漂う虚無感のようなものが、最後に目に見える形として結実する様は読んでいて涙が出る思いでした。ちんこ。

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#5 贖罪(TMさん)
長編小説の中の最も盛り上がる部分、価値観が逆転して、ラストへ雪崩れ込んでいく部分、を抜き出したという感じなんですが、のっけからハイテンションで脇目もふらず飛ばしているので、読んでるこちらとしては置いてけぼりを食ったような気分でした。台詞を主体にしてるのに、その台詞が噛み合ってくれないんです。僕はそれに合う形の歯車を持ってないんです。
悪についての話を読むと、大抵の人は「でも、そもそも悪って何なんだ?」と考えると思うんですが、それを説明するわけでもなくて、説明しないのなら有無を言わせぬくらい引き込ませなきゃと思うんです。「悪とは何か?」と考える隙を与えずに最後まで読ませたら勝ちです。

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#6 爪(仙棠青さん)
面白かったです。でも、なぜ爪を題材にしたんだろう、と思いました。カレーライスに突き刺さった爪を描きたかったのかな。『爪が無いと不自由なこと』が具体的に書かれていたらまた違った印象になったと思います。

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#7 宝の部屋(鳩さん)
『砂時計の中の砂時計』というのが、誤字なのかと思いきや、狙って書いてたんですね。意味はわかりませんでしたが。砂時計の中の砂、とは違うんでしょうか。
最後、ミサイルだか隕石だか、圧倒的なものによって壊されてしまうところは、もっと劇的であった方がいいんじゃないかなあと思いました。一文ごとに改行すると、どうしても箇条書きのように見えてしまって、「Aが起こった。次はB。次はC」というように淡々と進んでいく印象を持ってしまいます。

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#8 4minutes silence(公文力さん)
これはちゃんと完結する物語なのかなあ。毎回楽しみに読んでいます。今回は説明メインだったので地味な印象でした。

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#9 とある日常(fengshuangさん)
『ふと短針長針秒針とも左半分にあるなと思ったから』というのが面白いと思いました。変な言い訳だ。意外とそういう変なところに気付くと、意識の片隅に残るものですね。
ラストは思わず「え、それだけ?」と思ってしまいました。いや、いくら『日常』と言っても、そこはそれ、小説ですから。期待もしてしまうってもんです。

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#10 例えば千字で刹那を(黒田皐月さん)
この手の話は、もっと変質的で偏執的でいいと思うんですが、なんだか淡白な印象になっているのは、主人公の興味の対象がうまく限定されていないからだと思いました。超短時間の計測そのものに興味があるのか、それともその短い時間の中で起こっている出来事の描写に興味があるのか、その辺が曖昧でした。
あとはアレです。例として電磁波での時間測定法が書かれていますが、じゃあその電磁波の変化する様子を記述するためには更に短い時間で変化するものが必要であって、更にその変化を記述するためには……というように、刹那に至るには永遠に時間を微分し続けなければならないジレンマがあって、早く主人公はそれに気付いて欲しいと思います。そしてそのジレンマについてうんうん唸って欲しいと思います。僕が読みたいのはそこです。

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#11 男たちのヤマト(大股 リードさん)
ラブコール倶楽部の電話番号が携帯なのはつっこみどころなのかな。携帯かよ!どんだけ〜(使ってみた)
むしろ配達員に「チェンジ」と言ってしまった方が面白かったんじゃないでしょうかね。

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#12 ジョー淀川 vs 峰よしお(頭をわしづかみされるハンニャさん)
今までの投稿作品が一貫して馬鹿馬鹿しいというのはもうほんとそれだけで素晴らしいことだと思います。全くブレませんね。

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#13 チュベローズ(宇加谷 研一郎さん)
『その危なさ加減がちょうどいいわ』というのは、まさに僕が宇加谷さんの不条理な話に対して抱いていた感想だったので(前にそんなようなことを書いた気がする)、古田さんと(あるいは作者さんと)同じ思いを共有できて嬉しかったです。猿はさりげなくかっこいいと思いました。

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#14 晴雨(白雪さん)
白状って白杖のことですかね。最初読んだ時、なにかの比喩かと思っちゃいました。
ぶつかった男が狐だったというオチだと思いますが、ちょっと唐突すぎるように思いました。男との会話の部分でもう少し肉付けするとか。
『人よりも湿度に敏感ですが』という文章は、かなり重要な役割を持っていると思いました。だって、おそらくはその台詞を言わせるために主人公を全盲にしたのだから。なのに、そっけなくて、もったいないと思いました。

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#15 わくわく(野川アキラさん)
なぞなぞみたいな文章ですね。何行目で当たったら何点、みたいな。最後に「ああ〜」と納得した以外の感想は特にありませんでした。

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#16 僕と猫(たけやんさん)
僕はこういう作品の感想を書きたくて感想を書き始めたのに、いざ挑んでみるとうまくかけない。とりあえず書いてみると、
ええと、まず、猫の台詞『割れてしまえ、割れてしまえ、割れてしまえ、割れてしまえ』がなんとも可愛らしいです。語感も可愛らしいし、実際に猫がこう言ってる場面を想像しても可愛らしいです。
金魚の万年筆というのが、実際に存在するのかもしれないけれど、かっこいいと思いました。
あと、ジブリが作った3分アニメのような雰囲気だと思いました。脳内で勝手に声をあてて読んでいたからかもしれません。

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#17 松の木のおじさん(bear's Sonさん)
なーんか、惜しい感じでした。おじさんについて、行動しか書かれていなかったので、もう少し風体の描写なんかがあってもよかったと思いました。この物語の主役は間違いなくおじさんなので、もっとおじさんのことを知りたいと思ったのです。

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#18 きれいな円が描きたい(三浦さん)
『円の姿に好悪はない』というのが、結局どういうことを言わんとしていたか、難しいなあと思いました。正確な円が好くて歪んだ円が悪いということはなくて、円はただの円でしかない、と、そしてそれは人間の在り方と同じである、というように僕は読みました。だから敢えて「きれいな円」と書いているのかなあと思いました。人それぞれできれいな円の定義は違うということでしょうか。
それから、円を描くところの描写がうまいなあと思いました。44期、45期の舞台をモチーフにした作品に見られるように、動きを精密に描写するのがうまいですね。

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#19 メフィストフェレス(qbcさん)
qbcさんの文体はかなり独特だと僕は思っていて、感覚的な話で申し訳ないのですけれど、湿っぽいんですよ。他の作家さんたちの文章はどちらかと言えば乾いていて、というより、乾いた質感を目指しているように思うのですが、qbcさんはわざと湿っぽい部分を織り交ぜているように思います。冒頭の書き方とか、『メフィストはずるい。だから許される。』とか、『メフィスト』という言葉の選び方もそうです。湿っぽいというのは熱を持っているということで、生々しさを感じさせます。最後の一文なんかも、なにやら性的な内容を暗示しているかのようで、非常に肉感的な文章だと思いました。

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#20 Dreamer(群青さん)
全体的に平坦な感じなので、もうちょっと起伏があるといいのになあと思いました。白い花は、主人公が一日かけて水をやっている花なので、本当はとても美しいはずなのに、ただそこに生えているだけという印象でした。舞台があちこち行ったり来たりしているので、なんだか散漫な感じに見えるのかもしれません。

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#21 美空ひばり評(わたなべ かおるさん)
いい父親なんだな、というのはなんとなくわかりますが、それを説明するのが主人公視点の説明だけで、読者が客観的に評価できる部分が台詞しかないんですよね。どうなんだろう、ただ口下手なだけで、娘が勝手に「父親は偉大だ」と思い込んでるだけと違うか、とか考えてしまいました。
でも、この主人公の考えはいいなあと思いました。いい子だなあ、と。

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#22 部活動生22(壱倉柊さん)
夢が及ぼした影響が「ドキドキした」ってだけだったので「えー」と思いました。なんか、ほんとにこういう夢を見たので書いてみた、という感じがしました。普通だなあと思いました。

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#23 くろぐろとうろこを(るるるぶ☆どっぐちゃんさん)
急な場面転換と同じフレーズの繰り返しってプログレだなあと思いました。
『くろいかいがん』と『黒い海岸』では、漢字で書かれた方がリアリティがあるような気がしました。ひらがなだとなんだかぶよぶよふわふわしていて捉えどころがなくて、漢字だとしっかりそこにあるものであるように見えました。

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#24 線的虚構の解体(おためし版)(曠野反次郎さん)
作者と主人公を混同するのはおかしい、という意見は前にどこかで読んだ気がする。どこだったかなあ。確かにそれはそうかもしれないが、時には主人公≒作者の小説を書く人がいたりするからややこしくなるんだよなあ。
あらのさんに関しては、うんこの話を読んだときに「この人はさも本当のことのように嘘を書く人なんだ」と思ったので、前期の作品も、本当のことを書いているようで実はまったくの嘘かもしれないと思いながら読んでいました。(と思わせて実は本当にこの通りに書いているんじゃないだろうかとも考えていましたが)
で、今期の作品を読んでみたら、やはり前期の話は本当のことを書いていて、自身の小説の書き方を赤裸々に告白してしまったことの照れ隠しに、今期の話で前期の話をネタ化したんじゃないだろうか、と新に思いつきました。ああ、でもどこまで本気なのかほんとわからないですね。別にわからなくたって全然問題はないんですが。まあ、どちらにしろ、今期の話もあんまり真に受けちゃダメそうですね。と言いつつ、今期は本心を書いてるような気もしてきました。完全に術中に陥っています。
本心にしろ、はったりにしろ、虚構の階層性に関する考察は面白く読みました。これはメタ小説に限らず、実際はあらゆる小説にあてはまるんですよね。小説がフィクションである限りそうなんだろうと思います。
作中に名前を出してもらえるなら、前期もちゃんと感想書いておけばよかったなあと思いました。