第53期感想

短編:http://tanpen.jp/
前回は敬語だったが、慇懃無礼に読めなくもないと思い、文体を微妙に変えてみた。内容はいつもどおりの勝手な感想であります。

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#1 かぴばら(タコトスさん)
A山市A山動物園のカピバラ

カピバラがふてぶてしいことは賛成するけれど、そのふてぶてしさとは「上から見下ろす」タイプのふてぶてしさではなく、何を言っても顔色ひとつ変えることのない「天然」なふてぶてしさだと僕は思う。「え、いやあ、そうですかねぇ」という感じ。自分のことを気遣わないと同時に、他者についても全く注意を払わないというような。あくまで、カピバラの顔を見て僕が抱いたイメージだけど。だから、あまり教訓的なことを述べるカピバラというのはしっくりこなかった。

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#2 嘘(otokichisupairaruさん)
おそらくこの「熊」とはそれなりの付き合いがあるんだと思うけれど、それにしては初対面のような会話をしているなあという印象。顔の傷について述べることで「熊」のことを深く掘り下げようとしているが、この事故のエピソードがこの部分だけで完結してしまっていて、「だからこうなんだ」という風に話が発展していかなかったのが残念だった。

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#3 花(久貞 砂道さん)
繰り返される「花は美しかった」という言葉に男の狂気を見た気がする。彼女よりも花の方に愛情を持ってしまったという解釈でいいんですよね。そのことをはっきりとそう書いてしまうと面白さが損なわれてしまうのだけど、あともう一押しその辺りの描写が欲しかった気がする。でも、こういったさじ加減はとても難しい。

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#4 太陽のモダニズムと月の背徳(ミンスクさん)
長い物語の中間に位置する、ちょうどクッション的な役割の章を読んだような気分。主人公の行為は、自分の中ではしっかりと筋道立っているのかもしれないけれど、それがこちらに伝わってこなかった。「何だか洒落たことをしているなあ」とは思うが、ただそれだけでもない気がする。きっと「その夜、東京行きの夜行バスに乗った」というのがヒントになっているのだろうとは思う。

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#5 春(はなこさん)
#2『嘘』もそうだけれど、好きだけど好きと言えない、それも倫理的に言えない、というような話は読むたびに暗い気分になる。なにより僕を暗くさせるのは、「好きとは言わない自分」をどこか自慢げに肯定してしまうところである。そのくせ未練がましい。

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#6 いないないばぁ(ライスさん)
首を折ったり足の指を潰したりする描写が出てくるが、それらは「ただなんとなく言ってみただけです」という感じでまったくリアリティがない。この人が本当に首を折ったり足の指を潰したりすることは無いんだろうなと思う。全体的に、作者が頭の中で描いていることをうまく言い表せていないんじゃないだろうか。

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#7 B&B(5or6さん)
すごい強面の黒人ふたりがカタコトの日本語でこんな会話を繰り広げてる場面を想像すると笑える。ただし、文章にするとその面白さが下がってしまうのが残念ではある。あ、でも「俺のピーターほにゃららをショットしちゃ駄目だいっ!」は輝いてました。

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#8 耳掃除の話(公文力さん)
前半の濃密な描写と対照的に、『彼女』が消えてしまった以降の話はとても淡々としていて、そこが好きだ。無機質に語られる後日談がせつない。

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#9 Moon brige(前川千弘さん)
信じるものがある人間は強いが、同時におそろしくもある。特に、「この教えを知らない奴はダメだ」というように論理を展開されるとすごく怖い。どのような場面にも完全に対応できる真理などあるのだろうか。と言っても僕は何に対しても冷笑的に接するのが正しいと言うわけでもない。その辺りけっこう適当だ。

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#10 新しい自転車(スポックさん)
てっきり、飛び出してきた猫がうまいこと絡んでくるのかと思ったけれど、ウィリーではまった中古自転車が逆立ちの新品自転車になるって、ちょっとストレートすぎた。

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#11 眠らない羊飼い(八海宵一さん)
「ぽっぽこ」って擬音がいい。「ぽっぽこ、めえめえ」なんてちょっとくすぐったくなるくらいかわいい。

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#12 揺らぐ青い影(藤田揺転さん)
これ、実際には男が口に出した言葉じゃなくて、頭のなかで考えてるだけの言葉なんじゃないかなあと思いました。女から見ると、わけもわからず殴られたり抱きしめられたりしてるんじゃないかなあと。

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#13 同じ場所、近い場所(Lolly.、。さん)
この人は還暦になるまで心から哀しんだり喜んだりしたことがなかったのだろうか。祖母の顔から、そのふたつの感情が同じであるという錯覚をおぼえたとしても、自らが体験したら実は全く違うものだったとわかりそうなものなのに。というか、喜びと哀しみで同じ顔してるかなあ。僕には別物に見えたけれど。

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#14 そらのいろ(aqua.さん)
死ぬために生きるなんてばかげてる、そう、確かにそう思う。そして同時に「生きているのに意味なんかない」という考えもばかげてると思う。そもそも「生きる意味」という言葉がピンとこない。「生きる目的」と単純に言い換えてしまっていいものなのだろうか。
それとはまったく関係なく、「もう宙ぶらりんな彼女じゃなかったけど、やっぱり彼女の髪の毛は長かった」という一文が好き。そこで髪の毛について考えるのか、よほど長くてきれいな髪の毛なのかな、と思わせる。

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#15 スキナコト(T,Jさん)
「スキナコト」は現実の花と違って、必ず枯れるというわけではなく、実をつけなければならない道理もない。何かを語るときにたとえ話をするのは有効だが、その「喩え」の方をどんどん展開していくと、最初に語りたかったものから離れていってしまう。

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#16 非線形性(makiebaさん)
この文章そのものが非線形性なんだろうなあ。カオス。非線形性ってのは、たとえば蝶の羽の模様だとか、コーヒーにミルクをいれた時にできるうずまきの形だとか、ああいうもののことですよね。どうしてそうなるのか、系統だてて説明するのは恐ろしく面倒でほとんど不可能だけれど、既にそれはここにこうやって存在していると。この作品も、僕の知っている法則では読み解くことはできそうもないけれど、構成しているパーツ(「マクロビウスによれば、神聖な宇宙は堕落によって球形から円錐形に変化するのだという。」「それが先刻の夢の続きだということを事後的に意識して見る明晰夢を、見た。」)や、全体としての揺らぎを、行きつ戻りつしながら楽しんだ。
追記:「非線形」のはてなキーワードはひどい。まったく説明になっていない。どんなつもりでこの文章を書いたのだろうか。コンマが「,」なので理系人間の匂いがするが。誰かわかりやすく編集しなおしておいてほしい。

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#17 湯豆腐(宇加谷 研一郎さん)
人物が魅力的に描かれていると、もうそれだけで読んでいて楽しくなる。宇加谷さんの作品に出てくる登場人物が活き活きして見えるのは固有名詞を多用していることとも関係がありそう。

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#18 クロッカス(与一さん)
恐ろしくシンプルで面白い。いくらでも肉付けできそうだけれど、面白い部分だけ抽出してくると、こうなるのだろうと思う。須賀健太くん辺りが演じたら面白いだろうなこれ。

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#19 スノーマン(熊の子さん)
ずいぶんグロテスクな雪だるまだ。いらないと言って渡された目や耳や手が、少女を助けるのに役立った、といっても、目や耳や手を失った人たちのその後を思うとなんとなく素直に喜べないものがある。

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#20 偽装☆少女 千字一時物語8(黒田皐月さん)
「女装を書く」という前提を知っていないとどんなシチュエーションなのかわかりづらかった。女装した男が友達の女の子に告白するために女装をやめるという話でいいのだろうか。でも、それだと別に女装をやめたり泣いたりする必要がない気がする。

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#21 秘密(長月夕子さん)
第31期『月下美人』(http://tanpen.jp/31/9.html)と対比させながら読むと面白い。いや、対比させなくても面白い。この場面が鮮明に頭の中に浮かび上がる。作りこんであるなあという印象。
自己愛というのは、単に自分が好きだというだけでなくて、もっと複雑にいろいろな要素が組み合わさっているものなのかもしれないなと思った。

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#22 バトン(たけやんさん)
「種ができたら、来年の夏また花が咲くようにその種を撒いて、一番立派に育った一輪を根っこごと掘り出して、枯れないうちに次の人に渡すの」ということは、抜かずに残した向日葵はその場で咲き続けるということで、単なるバトンじゃないんだなあとか考えた。友達を家に招くたびに、庭に咲いた向日葵を指さして「この向日葵は実はね…」と語って聞かせる。楽しそうだなあ。

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#23 ドア(えんらさん)
ブレアウィッチ・プロジェクト的な怖さとでも言うのだろうか(ブレアウィッチ見てないけど)。何かそこで恐ろしい出来事が起こっているようなのだけれど、読者にはその内容はわからないっていう。「カリカリ」という音だけが唯一具体的に提示されている恐怖なのだけれど、ちょっとそれだけでは物足りない。

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#24 みやび(三浦さん)
「ああ、こういう場所が本当にあるのだろうな」と思わせる力がすごい。とてもよくできた嘘で、しかも「華やかな葬式」なんていう、なんだか考えさせるような話も盛り込まれている。
でも、これが評価高いのなら、第46期『カタリさん』(http://tanpen.jp/46/22.html)ももっと票を集めてもよかったんじゃないかと思うのですが、人の心はわからないものです。

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#25 海雨(心水 涼さん)
こんな早朝に浜辺で一緒にいてくれる人がいてくれて羨ましいと思う。圧倒的な自然と自分、過去の自分の現在の自分、親しい他人と自分、僕たちはそんな様々な関係性の中で生きているんだと思わせてくれる。

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#26 おいしい虚像(戦場ガ原蛇足ノ助さん)
戦場ガ原さんの小説には愛すべき小市民が出てきていいなあと思う。本来僕とは関わらないはずのその他大勢の中のひとりであっても物語を持っているというのは、第50期『エキストラ』(http://tanpen.jp/50/29.html)で堂々と書かれていることだけれど、こういう視点を持って生活すると何気ない日常の風景が楽しく見えてくる。

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#27 原付と雨(outroさん)
青春の咆哮というやつですか。心がぐわーっとなって叫びたいときは確かにある。しかしそれは周りから見れば「アホだと思われてしまう」に違いないし、この主人公もちゃんとそれは自覚している。それでも堪えきれず叫びだしてしまうというのはまさに青春という感じでかっこいい。でも事故には気を付けて欲しいとも思う。

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#28 人生、OKルール(ハンニャさん)
すっごいばかばかしいけど、俺は自分の書いたこの小説が大好き!って声が聞こえてくるようだった。

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#29 ドクトル(qbcさん)
思わずSに告白してしまうシーンは、もっとドキドキしていいはずなんだけどなあ。うーん。こなれすぎているのかもしれない。

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#30 ターンオーバー(もぐら)
血は美しくない、って言いたかった。

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#31 トリニティ(hydelさん)
途中までよかったんですけれど、神の使いがどういうつもりで「ここでは、神はあらゆるところに宿る。細部にも末端にも。」と言ったのかがわからない。その後、「その人」によってこの説は覆され、しかも、神の使い自らその説の正しさを認めている。だったら最初からそんなよくわからないこと言わなければいいのに。

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#32 バリエ(るるるぶ☆どっぐちゃんさん)
がれきの街、鳥かごに猫、夜空に女の立体映像、血液型の話、クラシックが流れている。これで物語になってるのがすごいなあ。すごく普通の言葉なのに、るるるぶさんの小説の中に書いてあるとかっこよく見える。「お前馬鹿だろう」とか「デジタルテレビ番組」とか。不思議。

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#33 ベイクドケイク(壱倉柊さん)
注文受けてからケーキを焼く喫茶店なんてあるのかな。
一人称だと、「僕は青い顔で厨房から戻ってきた」のような表現が気になってしまう。どうやって青い顔とわかったんだろうかと。

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#34 木の子ステーキランチ(ナスビ入り)(曠野反次郎さん)
あーいいな、これ。
『「今、『そやけど』ってゆったよね」
「え? そんなの、ゆってへんよ」
「あ、『ゆってへん』ってゆった!」』
なんてとっても仲良さそうで楽しそうな会話だし、ふたりが毎日どんなふうに付き合っているのか伝わってきていい。