第54期感想

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#1 チーズパーティ(壱倉柊さん)
チーズを中心にして、彼女との微妙な関係性をうまく書けてると思う。駅で別れるときにガムを一枚手渡す、というのも小道具の使い方がうまい。ただ、もう少しチーズに特異的なエピソードがあるとよかったかもしれない。題材がチーズ(チーズケーキ)である必然性があまり感じられなかったので。

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#2 車輪(公文力さん)
『初美』の白髪が『母』の白髪に重なる、それを引き抜く。ここでの『白髪』は『空っぽの部屋に置き去りにされたみたい』な気分の象徴だろうと思う。この辺りの話の繋げ方はやはりうまい。しかし、この物語をもっとも顕著に象徴しているのは『自転車の車輪はどこかが引っかかっているようで一回転する度にコツン、コツンと音が鳴った』の一文だと思う。『車輪』はタイトルでもある。人生がスムーズにうまく進まないイメージ、コツンコツンという音が想起させる侘しげなイメージ、それでも車輪は不恰好ながらもどうにか回りつづけるちょっとだけ前向きなイメージ。

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#3 you may(真央りりこさん)
『鳥になったきみに勝てるわけないのに』とは言うが、鳥になる前の『きみ』には勝てるというわけではなく、いつだって『きみ』の言いなりである。それから『鳥になる鳥になる鳥になる、と何度唱えてみても、でもね、のあとのきみの言葉にはたどり着けなかった』。僕はこういう「手が届きそうで届かない」話にとても弱い。とても好きだ。じゃあ暗い話が好きなのか、というとそういうわけでもなくて、やはりそこには希望の欠片のようなものがなくてはならない。この作品の場合、希望は『でもね』である。『でもね』があるからこそ、主人公は『きみ』を待ち続けるのだし、飛んでいくのをわかっていながら鳥に変えてあげるのである。
また、『きみ』が鳥に変身する描写がとてもダイナミックで楽しい。『ピアノもパイプオルガンもいらない』というのが何を意味するかわからなかったのが残念だけれど。

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#4 オレンジ色の靴下(与一さん)
『切断の連続でやってくるオレンジの世界』というのが好き。『切断の連続』というかっこいい単語と『オレンジの世界』という柔らかくて暖かい単語の組み合わせがいい。
『オレンジ色の靴下』ってすごく暖かそうだ。主人公が『ジイ』に履かせてあげて、『ジイ』が主人公に履かせてあげて、そして主人公が甥っ子にプレゼントする。みんな暖かくなっていい話。

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#5 録画(つむさん)
こんなふうに、なんだかよくわからないけれどうやむやのままに気分が晴れて、失恋したりして落ち込むたびにそうやって気分を晴らして満足なのだろうか。
「姉を録画できる」という面白さがあって、せっかくその『録画』に関するルールをあれこれ説明していたのに、どうして最後に曖昧な良い話にして終わらせてしまったのだろう。すごくもったいない。むしろ、この『録画』ならではの方法で慰めてあげるとよかったんじゃないかと思う。

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#6 あっという間劇場(図書委員さん)
夢落ちの亜種。

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#7 つげ(藤舟さん)
『関係ないが前適当にネットカフェに入ったら周りが中国人ばかりでびびったことがある』という文章が本当に関係なくて、逆にリアリティがある。この短さは潔いとも思えるが、好きな感じの流れなのでもう少し読んでみたいなあとも思う。海から漫画喫茶に場面転換するのがいささか唐突なので、ここが膨らむとちょうどいいかもしれない。

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#8 進歩(TMさん)
思わせぶり小説。わかりそうでわからない。
『なぜなら、それが連中の進歩だからだ』の『それ』って何だろう。足音を立てた『僕』を憎むことが進歩?『連中』にとってその場にとどまっていることは卑しいことだと言うが、誰かを嘲笑したり憎んだりする行為はそれに当たらないのだろうか。それとも、他者をけなすことで相対的に進歩するということか。
もうひとつわからないのが『それが本当の進歩だ』の『それ』。『連中の憎しみを感知せずに済む』ことが『本当の進歩』なのだろうか。前半の流れからいくと、『リュシアンじいさん』は『僕』が連中から憎まれていてもやさしくしようとする姿勢を評価しているように思う。これはつまりその場にとどまって考えるという姿勢で、『憎しみ』というインプットがなければ成立しないんじゃないかと思う。『連中の憎しみを感知せずに済む』ようになったら、主人公は考えることもやさしくすることもなくなってしまうのではないか。もしそれが『別の人間になる』ということなら、なぜ『リュシアンじいさん』はそんなことをしたのだろう。上述のように、前半部分において『リュシアンじいさん』は今の『僕』を評価しているように読める。果たしてこれはしっかりとした設定のある物語なのだろうか。それとも曖昧なまま、ただ雰囲気だけを描いた物語なのだろうか。

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#9 アロー、アロー(キイコ・ローリングストーンさん)
なんだか妙なところで改行されているな。何か意味があるのだろうか。たとえば酔っ払って意識が途切れ途切れなのを文体で表現してる、とか。
あと、この冒頭部分が何をやってるのかわからない。電話?無線?あまりにも唐突。
この留学生の世界に関する話もなんだか含蓄がありそうでいいと思うけれど、英語の「the world」と日本語の「世界」はたぶん違った意味を持っているよなあと思った。だって違う単語だから。

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#10 魚(たけやんさん)
後半部分はちょっと使い古された形式。主人公が魚を見つけるまでがうまく流れていただけに残念。どうして魚だったんだろう。それはどのような魚だったんだろう。その魚を見て、主人公は何を思っただろう。

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#11 ほらふき男爵の憂鬱(makiebaさん)
複雑な入れ子構造の『ミュンヒハウゼン』氏をメタ視点で語る話。面白い。しかしラストは読者に語りかけてくるよりも、『ミュンヒハウゼン』氏の言葉をもっと読んでみたかった。
『ヒエロニムス・フォン・ミュンヒハウゼン』とか『ビュルガー』っていう名前のセンスがいい。

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#12 猫と谷崎と手帳(宇加谷 研一郎さん)
連作として読めばいいのかもしれないが、ここで猿と手帳のエピソードを出す必要があるかなあと思った。別にそれがなくても世界観は形成されているし、東京ならではの奇妙なエピソードということであれば宇加谷さんならうまいこと考えられそうな気がする。
前半の看護婦さんと猫と足の描写はさすがに面白い。軽妙に颯爽と過ぎ去っていく感じ。

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#13 牛乳(鳩さん)
どこか中途半端。ゴムは伸ばせば伸ばすほど手を離したときに勢いよく飛んでく。あと400字使ってみたらどうだろうか。

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#14 マッチ売りの心配(戸川皆既さん)
不条理な話は割りと好きだ。こういった話は書き手のセンスが如実に表れるのだが、そういえば短編に投稿される不条理な話はどれも面白いと思う。
前後の話の脈略のなさは通常の論理性が通じない不安感とともに、論理性なんてなくたってかまわないというある種の小気味よさがある。『ゼノ』が突然スカートの話をはじめたりするところなんかは、おそらく作者の頭のなかで思考のジャンプが行われていて、それに振り落とされないようにつかまって一緒に飛び回るのは楽しい。

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#15 悲しいUntrue power(bear's Sonさん)
いやーな気分になった。いじめ、いじめられ、かつていじめの対象であった元友人を頼る。ハッピーな結末はなく、誰もが煮え切らない人生を送っているように見える。話の落としどころが、この詩のような主人公の嘆きだとしたらまったく救いのない話である。

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#16 擬装☆少女 千字一時物語9(黒田皐月さん)
もともと服装の描写に一番力が篭っていたので、それを中心にして描いたことで、ようやく黒田さんが書きたかったことが書けてきたんじゃないかと思った。ただ、やはりひとつの題材を深く掘り下げて書くのは難しいもので、似たような描写が繰り返されるとだんだんうんざりしてきてしまうのも確かだ。たとえば、『ふわり』とか『ふわふわ』とか。もっといろんな言い方を考えてみてもいいと思う。
女の子の服がやわらかくてふわふわしてて羨ましいというのは同感で、でも僕が女装しないのは単に似合わないからだ。もし似合ってたらがんがん着て写真撮らせてる。女装の人たちは似合う/似合わないという問題をどうクリアしているのだろうか。

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#17 コヨーテの夜(otokichisupairaruさん)
僕はこれらの問題について本当のことは知らない。ただニュースで聞きかじったことがある程度である。だから、グラビアアイドルやストリートチルドレンたちが実際には何を考えてるか知らないし、それらを同列に論じることができるのかもわからない。この主人公はただ悲観したいだけのように見える。一定以上深く考えることはせず、闇雲に叫び、次世代の子供に託すだけ。

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#18 嘘を吐いてるのは誰だ?(二歩さん)
正直、オチがわからなかった。
嘘を吐いてるのは犯人で、実は攫われた子は殺されている、帰ってきた子はまったく関係ない別の子、母親は気付かず喜び父親はなんか違うと思ってる、と考えたがしっくりこない。
この物語の中で唯一の違和感として書かれているのが、父親の発言『これは我が子じゃない』であるので、これが嘘だとすると丸くおさまるが、それって別に面白くないよなと思う。
ので結局わからない。わかった人、僕に教えてください。

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#19 ボートはボート(長月夕子さん)
お父さんの空回りが微笑ましく、ネズミの死骸がなにか不吉なものの暗示にも読めるが、このネズミの死骸というのがあまりピンとこなかった。たぶん、これを別の何かに変えると話の全体の雰囲気ががらりと変わってしまうのだと思うが、敢えてネズミの死骸としたことで何を表現したかったのかがわかりづらいというのがある。

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#20 スウィートサワー(夕月 朱さん)
蜜柑というチョイスがまずいいな、と思う。誰かにとっては重要な意味を持つもので、他の大部分の人にとっては別にあってもなくてもどっちでもいい、確かにその通り。蜜柑についての回顧も、並々ならぬ愛情が伝わってきて、面白い。

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#21 逝く理由〜自殺〜(T,Jさん)
いじめ→自殺の描写が浅いなあと思うのだが、実際に自殺を考える人たちというのはこういう感じなのだろうか。この程度の話なのだとしたら、周りがうまく気付いて誘導してやることができたら自殺なんてしないと思うのだが。そもそも、どうして自殺のことなんて書きたがるんだろう。僕には恐ろしくてできない。

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#22 贋僕、贋冒険小説を書く(qbcさん)
『贋』という言葉が醸すいかがわしさ。『贋』と言えどもそこは冒険小説、スピード感がある。ステップの切り替えしが機敏だ。贋人生でも感情は本物。
贋で埋め尽くされていたのに、最後こんなにあっけなく終わるのが少し残念ではあった。贋死とか書いてほしかった気もする。

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#23 蟹(とむOKさん)
再生の物語。色も移ろっている。蟹鍋以前→色のない空白、血まみれ、赤銅色、黒、混濁。蟹鍋以降→檸檬色の月。檸檬は冒頭に主人公が買おうとしていたものでもある。
詩人が現れてからの畳み掛ける描写はさすがだ。かっこいい。

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#24 先生、わたしは、書く努力を、しなさ過ぎた(るるるぶ☆どっぐちゃんさん)
『そして、我々は、我々の、一部だ』、『ぴかぴかと輝く超技術スピーカー』、そして未来人の台詞がすごくかっこいい。

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#25 涙(曠野反次郎さん)
これもやはり「届きそうで届かない」話で、最後の一文が「希望」であって、つまり僕はこういう話が好きなのだった。話の展開の仕方がうまいので、最後まで一気に読めてしまう。