第50期短編感想

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#1 六月(木下絵理夏さん)
「家に帰ればいつでもあそこに、彼と同じ血液型のお母さんが座っていると言うのに。」というのはなにを意味しているんだろう。あそこ? 仏壇? わざわざ「同じ血液型」と説明しているのがポイントなのかなあ。
「商店街、大安売り会場では、碧い人々が平和を願って汗を垂れ流している。」というのが、なんとなくだけれど、自分と「人々」の間に隔絶があることを示唆しているような気がする。なんていうか、自分が今平和だったら、「あの人たち平和を願って汗垂れ流して働いてるよ」なんて言い方しないと思う。「男」と「人々」が違う側に居るということに加えて、主人公も、どちらかといえば「男」の側に居るような感じだ。だから、「みんな母を探している/みんな母を探していた」の「みんな」に含まれているのは「男」と主人公なんじゃないかなあと思った。
「明日は母を探さないと、そう言った。」というのが、「明日は母を探さないと」と言ったのか、「明日は母を探さない」と言ったのかわかりづらい。その後の文章と合わせて読むと後者っぽいけど。「明日」が「雨の日」という意味なのかなあ。


#2 日曜日(けろけろさん)
何かすごい深刻な会話をしていて、それが終わってしばらく沈黙が続いたあとに、唐突に冒頭の台詞が始まったんじゃないかなあと思いました、なんとなく。だって日曜日だし。日曜日にぼんやり突っ立って暑いとか唾を垂らすとかしてるだけだなんて不健康です。その深刻な話を聞かせてください。


#3 私達は湖を眺めていた(美鈴さん)
起床と帰宅後にテレビをつけることをそこまで神聖視する意味がわからないのは僕がひとり暮らしだからか。
亭主と妻の住んでる位置が違う気がする。亭主はあくまで現実世界を生きている。妻はなんだかよくわからない、形而上学的な湖の傍に住んでる。すれ違って当然である。すれ違いが沸点に達したとき、ようやく妻は現実の側に擦り寄ってくる。「玄関にあった自転車空気入れ」というのは恐ろしく現実的なシロモノだ。それでテレビをボコボコにするのは間違いなくリアルである。それなのに、その後、再び妻は比喩の世界に、有りもしない湖の傍に引っ込んでしまう。対岸のこちら側にきたのは彼女自身の責任なのに亭主の大切なテレビを壊したりしてひどい。


#4 新しい季節(熊の子さん)
胃潰瘍危険! ピロリ菌除菌しよう!
『「そう、お父さん大変だったのね…」と。そう僕に言ってきた。僕に言ったってしょうがないのに。』とあるが、井ノ瀬先生に父ちゃんが胃潰瘍で入院したことを報告したことだってしょうがないことで、しょうがないと知りつつも言ってしまう、この子冷静にしてるけれど、こういうところでこどもっぽさが滲み出ている。


#5 ブラジルの夜(朝野十字さん)
テコでも動かないからテコクミってなんだか間違ってる気がするけど、「テコ泣き」と「テコ座り」は可愛い。
ガソリンスタンドでのやりとりが、本人たちが一生懸命なので外から見ると滑稽に見える。必死な人を見ると面白い不思議。テコ泣きしている女の子の周りでニッポンコール。試合の結末を知っているだけに滑稽さは増幅する。


#6 夕陽を見てる(水島陸さん)
刃を上に向けて丹田の辺りにしっかりと両手で抱え込むように固定し、腰を低く落として体ごと突っ込んでいくのが正しいドスの使い方じゃあ!、って老師が怒っていました。そしたらダッキングなんかでかわされないので安心です。
内輪ネタなんで難しいですね。書きたいのは「いろいろあったけどサンボは変わらない」ということで、そこに至るエピソードはなんでもいいんだよなあ、と思うと萎えます。チンピラだって命大切です。


#7 自殺(百鬼夜行さん)
ぱっと見て江口庸さんを思い出しました。たまに文頭に全角スペース入れたり、かぎかっこの前後には半角スペースを入れるが、あくまで改行はしない、というところに作者のこだわりを見た気がします。三点リーダの代わりに「...」を使うというのも珍しい。英語だと「...」なのかもしれないけど、あれはたぶんピリオドだからなあ。
「恋人を自殺に追い込んでしまった」彼女が「死んだ恋人と天国で幸せに笑っている」と思える根拠は何なんでしょうか。「自殺に追い込んだ」を言葉通りにとったらそんなこと有り得ないので、何か複雑な事情がありそうですね。
でも、「私の心にいるのは今でも自殺した彼女たった一人だけ...。」はいただけないですね。奥さん居るのにそんなこと考えるような男はダメです。泣いて謝っても絶対許しません。


#8 鬼灯(モチノキさん)
改行多用、文頭字下げなしというスタイルが流行ってるのかな。改行を多用するのは、文章を折り返したりなんかしたら読みづらくなる!という文章の「形」に対するこだわりなんですかね。「形」に「意味」を織り込ませてあるなら文句は無いんですが。ん、いや、句読点なしでダーっと書くスタイルの逆だと考えればいいのかな。
せっかくホオズキなんていう情緒的で色鮮やかな小道具を使っているのに、途中のホオズキの描写がふたりの関係に食い込んでこないのがもったいないです。「肉じゃがと漬物を交互に食べさせるだけじゃ甘い! 同時に煮込んで、かつ美味しいものを食べさせるんじゃ!」と老師も仰っておりました。
でも最後はうまく溶け合っていてきれいだと思います。


#9 独りでは居られないステージ(わらさん)
こえー。左蟹山が消えて右蟹山のツッコミが空を切ったところがすっごいシュールで恐ろしい。分裂する直前、頭ふたつの状態の蟹山を連れて日本中を見世物小屋行脚したい。
最後の段落は、「と言うよりテレビは彼を映し続けた。」で言いたいことは十分伝わった気がするので言いすぎかなあという気もします。


#10 擬装☆少女 千字一時物語5(黒田皐月さん)
井上さんツンデレ
「また話題が僕のことになって僕が口を噤んだとき、ふと井上が同じようにしていることに気がついた。」の辺りをあと一歩突っ込んでもらえたら嬉しかったです。仄かに想いを寄せている相手が自分の服を着ている嬉しいような変な感覚、あるいは、その変な感覚に先に気付いて「もしかしてこれって恋?」が遅れてやってきたのかな。この辺りの微妙な心の動きは書くのは難しいけれど面白いですね。
男女接近の小道具として女装ってのはかなり面白い飛び道具だと思うのですが、それだけに最後の段落が、「主人公を意識し始めちゃった井上さん」という感じで、「僕」が女装したこととあまり関係がないやりとりだったのが残念です。
ところで、女子から借りた服を返さないってド変態だと思われても仕方ないですよ。


#11 傘とソープと初恋と(奥村 修二さん)
初恋の相手がソープ嬢になった話だと勘違いしてました。危ないところだった。
盗んだ傘を返しに行く演出って狡猾ですよねーエロいなーこいつ。「捨ててしまおう」はかけ言葉になっていると思うけど間違ってたら恥ずかしいから言わないでおこう。本当によくできていると思います。


#12 テリトリー(公文力さん)
突き抜けてるなー。すごい。右手の薬指の先端が鍵になってる、みたいな小道具の使い方もすごい。超科挙って中国のアレのことかな。それは確かにストレス溜まりそうだけど、まさかここで科挙なんて言葉が出てくるとは頭の中どうなってるんでしょうか。


#13 青い骨(真央りりこさん)
姉貴は名前にコンプレックス持ってそうだなあ。何度も苗字が変わるようなことがあったけど名前なんてどうでもいい!私は私よ!という感じなのかな。難しい。全体としてほのぼのした雰囲気なので、ここだけ一瞬雲行きが怪しくなったみたいでひっかかります。もちろん良い意味で。


#14 Hack show on! Gefoge for...(Revinさん)
ノロケ話を読みすぎると暗黒面に落ちます。空メールで看病に来るって、これ合い鍵持ってるよね、フウーッ(溜め息)!でも、ちゃんと感謝してるっぽいから許す。
ピンクの米はハマーさんかなー。


#15 愛姫の月天使様(満月天使さん)
主人公と作者の名前が一緒でびっくりした。本人が書いているという設定? それとも本人?
日本語を勉強しながら小説を投稿していた台湾の人が居たけれど、そういう感じなのかな。


#16 『テレフォン・ワルツ』(安倍基宏さん)
バカボンの歌のせいで太陽は西から昇るものだと思ってました。太陽が西から昇って「これでいいのだ」的世界がやってくることを待ち望んでる割には、「これでいいのだ」的な部長を拒否してる。太陽が西から昇る、って何か特別な意味があるのかな。時計の針が左周りになるくらいじゃないかと思うけど。
部長はなんだってそんな明け方にダンスを教えて欲しくなっちゃったのだろうか、すごい気になる。ものすごいドラマが隠れている気がする。


#17 オチ(振子時計さん)
オチと落ちたをかけてるのかあ。
物語の主人公になんてなれないとわかっているのに、心のどこかではそうなることを望んでいて、結局物語性を獲得するために飛び降りる。屈折してるなあ。
落ちた!とか死んだ!ってスパっと終わるから書いてて楽っちゃ楽なんですけどね。


#18 Game(心水 涼さん)
名前の漢字が変わってるけれど、占い師に画数で怒られたりしたんでしょうか。心配です。
最高裁判所まできておいて「ゲームは始まったばかり」って偉そう。達観してるのか、こどもっぽいのか、揺らいでいて、こういう一見善良な市民風な奴が実は面倒だったりする。


#19 蟲(ヒモロギさん)
ああ、ヒモロギさんミクシィにはまりすぎじゃないですか!シネラマ島更新してくださいよ!
この前半の煽りはもう職人芸ですよね。すごい。冬虫夏人!そのまんま!改造されて人間以下になるなんて。
こういう昭和の怪奇ものみたいな文章ってそれだけで面白いんだけど、さらに面白くされたらかなわんです。ああ、妹キャラ保育士の悲劇。
なんかもうアレですね、「ヒモロギさん」よりも「ヒモロギしゃん」あるいは「ヒモロギどん」と言った方がしっくりきますね。こないか。


#20 遠くを見つめる(長月夕子さん)
なんだかよくわからないけど一緒に居るふたり。理由もないのに一緒にいるってことは、下心も打算も見返りもないってことだから、そういう関係っていいなあと思う。少しだけ、最後に男を意識してしまって、綻びが見えてきてしまったけれど、変わらないでいてほしいというのは個人的意見。


#21 愛唱歌(三浦さん)
この文章自体が歌みたい。すごく視覚的というか、動きも色もあるけど、これを実際に映像化したものよりこの文章の方が美しいと思う。ひらがなで書く言葉と漢字で書く言葉の使い分け、日本語は美しい。


#22 『God bless you』(ariadneさん)
次の駅で降りるかもわからないのに、よくこんな余計な台詞を思いつくなあ。無垢な悪意がびしばし。女子高生に怒られて萎れる話にしないところがすごい、なんというか、女子高生に恨みでもあるのかなあと思わせる。


#23 神無月の夜(アレさん)
最後の「酔っていたのは僕だったのだろうか?」で急にテンションが下がってしまった。無理矢理現実に引き戻さなくても、女の子が魅力的なので最後まで走りきっていいと思います。


#24 猿は女を乗せて浅草へ向かう(宇加谷 研一郎さん)
猿が居るのがあたりまえなようでいて、ロシア人には珍しがられたり、日光に帰るときは人間のふりしてたり、設定が曖昧で、でも、この曖昧さは新しい状況が現れる度に「今度はどうなるんだろう」と予想できない面白さがあるので良い曖昧。現実では無い話を書くときは、この設定をどこまで規定するかがひとつのポイントだと思う。


#25 蝶と蜻蛉と蟻(海坂他人さん)
僕は田舎育ちなのでよくある光景だと思ったけれど、これまでそんなの見たことないという人はどういう感想を持つのか気になる。蜻蛉の尾を切ったことが無いこどもは何を切って遊ぶのだろう。
教訓めいたことはひとつも書いていないけれど、ここから何か汲み取らなきゃいけないぞ、という気分になる文章。なので考えてみると、えーと、輪廻だなんだと難しいことを考えなきゃいけない人間は不憫だなあと思いました。


#26 ことばくずれ(もぐら)
これ自分では「面白い、面白い!」と思いながら書いていたけど、かなり省略した部分もあって、自分はその省略した部分を知ってるからいいけど読まされる方はたまったもんじゃないなあと思う。無理して1000字に詰め込んでしまったけれどもったいない気がしてきた。
前期は新人ハンデのおかげで優勝できたようなところもあるので、これからが本番! がんばろう。


#27 お茶と光のパレード(qbcさん)
【放課後女子の会】というネーミングが実に世紀末的で笑う。
山梨県にこんな場所があるなんて信じられない。うちのじいちゃん家の2階では蚕飼ってたからなあ。階段を上がると一面ぎっしり蚕。恐怖。
羽根でてるのってはしたないことなのかー。面白いなあ。


#28 デジャヴ(るるるぶ☆どっぐちゃんさん)
超絶サンプリング術。白いかぼちゃぱんつの破壊力。文章の折り返しなんて目じゃないぜ!


#29 エキストラ(戦場ガ原蛇足ノ助さん)
こんな調子で、エキストラの中から任意に主役が出てきて、ひととおり演技が終わるとエキストラに戻る、というのが延々繰り返される映画を作ったら面白そうだなあと思った。それぞれがそれぞれに干渉しないの、ってそれ群像劇か。
「カリスマジベタリアンになるまで地を這うような努力を重ねた」って狙ってるんだろうけど、味わい深い文だなあ。「いいか、ジベタリアンは寝ることもあるんだ」→「そういう意味じゃない」も素晴らしく馬鹿馬鹿しくて面白い。


#30 ちーちゃん(曠野反次郎さん)
前も書いた気がするけれど、方言てずるいなあ。標準語しか話せない人間から見ると、これほど違和感なく口語を小説に組み込めるのは方言ならではだと思います。無垢な天然少女とセンチメンタルな文学青年は画になる。


#31 卓球界では(ハンッニャモンスターさん)
「おまえは部屋を壊しただけだ。僕にケンカを売ってみろ。」という台詞が最高にクールだ。周囲の喧騒の中でここだけ際立つ。Cool!Cool!Cool!とバイクを乗り回すくらいクールでホットです。
でも、どうしてポケットモンスターみたいな名前にしたのかさっぱりわからない。