第49期短編感想

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#1 暑くて熱い、夏(桜葉吉野さん)
夏だ!けど、開放的なわけでもなくて、皮肉の応酬だったり照れ屋だったりしていじらしい。カンカンとした感じというより、ジリジリという感じ。
汗をかかないということは体温を調節できないので、見た目クールに見えるけど中は熱々というのはたしかにその通りだけど、ほっといたら死んじゃうので気を付けて欲しい。


#2 億年物語(今江美奈さん)
1億年もの間、愛した女性とこどもたちが死んでいくのを見続けるなんてとても悲しい。ひとり目の女性だけでじゅうぶん悲しいと思う。主人公は相当の馬鹿者なんだろう。
永遠の命についての物語は、「永遠の命なんてない方がいい」という結論に至ることが多い。「永遠の命を手に入れたことにより、男は千年も万年も生き、数多くの経験、知識、技術を身に付けて世界平和と人類の進歩に尽くしてがんばっています」というようなハッピーエンドはありえないのだろうか。それすらも厳密にはハッピーエンドではないのかもしれないけど。最後に後悔して「今までの行いはすべて間違っていました」で終わるような話は読んでいて悲しくなってしまう。じゃあ「今まで」はなんだったんだと思ってしまう。「今まで」が「後悔」にしか繋がらないなんて嫌だ。「今まで」が1億年なんて想像できないほど強烈に長い時間なのでなおさらだ。


#3 先鋭アートの作者になりたくて(54notallさん)
乾いた血は汚いからそれはきっと汚いアートだろう。でも、血を使って絵を描くというのは本当にあるので、人間はいろいろと変なことを考え付くなあと思う。
ドラマなんかでも、腹を蹴られたり殴られたりして血を吐く描写をよく見るけど、腹にダメージを受けてそれほど大量の血を吐くものだろうか。内臓でも破裂してるのだろうか。出血性ショックで死んじゃうよ。


#4 風鈴(てふてふさん)
デ・ジャ・ヴュの正体は一目ぼれであると誰かが言っていた。でもそれとはまた少し違うのかもしれない。実際に会ったことがあるみたいだ。もしこれが、既に生まれ変わったあとの再会なのだとしたら、「僕がもし、今度生まれ変わったら君を見つけて君をお嫁さんにするよ。絶対に。忘れない。」という台詞はものすごく悲しい運命について語っていることになる。そういうことなのかな。切ないな。
ラストの「少し涼しい風が吹いた。蝉の音がそれをかき消した。」というのがすごく面白い文章だ。風が吹いた涼しさをかき消すほどに煩わしく蝉の鳴き声がする、というような意味だと思う。それをわざわざこういう風に書くことで、妙な違和感というかひっかかりを生み出している。


#5 猫公戦(戦場ガ原蛇足ノ助さん)
「扇風機が自分の方を向いたときには前髪の動きを思い描いて目を閉じた」
どうやったらこんな文章が書けるのだろうと思ってしまう。しかもこの文がラストに繋がってくるからいやーすごいなあ。
不思議なことや異常なことや特別なことが起こらなくても、日常を書いてちゃんと面白い物語が作れるんだという素晴らしい手本だと思う。


#6 今はただ静かに眠れ(長月夕子さん)
こどもが生まれても世界の中心に居続ける人もいるだろう。こどもが大きくなったら一緒に飲んで、先に潰れてしまう人もいるだろう。僕は普通でいたくないといつも思う。ありきたりな父親としてありきたりなモラルを片手にこどもを縛りつけたくなんかないと思う。それでも、実際にこどもが生まれたら僕がなりたくない父親の形にすっぽり納まってしまうのかもしれない。わからない。
こどもを見守る母親には神々しさがある。どのような行動も、どのような思想も、愛情に裏打ちされたものであれば納得できてしまう。世界はあなたを肯定するから、なにがあっても愛し続けてくださいと言いたくなる。言わなくてもわかっているのだろうけど。
「今はただ静かに眠れ」というのは、「夜中に何度も目を覚まさないでねベイビー」の意味も込めてあるのかな。


#7 私の宝もの(朝野十字さん)
気持ち悪い。
この中で最も異常なのは「先生」だと思う。別に姉と結婚しなくたって、養子にするなりなんなり、娘と暮らす方法はあるはずだ。なんか変だ。愛情がちぐはぐだ。この姉の行動の方がよっぽど理解できる。妹もよくわからないな。妹は先生が父親だって知らないだろうし、それとも知っていたのかな。それでも長年介護してくれた姉を否定するのは可哀想だ。なんだか姉が一番まともに見えてきた。


#8 モノトーンメランコリ(もぐら)
「デフォルメ」という単語がなんだか嘘っぽい。「省略」にすればよかった。何度も読み返したつもりでも、改めて読むとあちこち直したい部分が見えてくる。たぶん他の人から見たら些細な問題だと思うけど、単語とか、そういう細かいところが気になってしまう。そんなことよりもストーリーそのものだってたいした話じゃないのに。
今回、はじめて「1000字」ということを意識して書いたのだけれど、1000字ってなんだか不思議だ。同じ1000字なのに、作品によって「長い」と感じたり「短い」と感じたりする。これだから言葉は面白いと思う。僕が書いたものはなんだか短い気がする。


#9 燃える家(ゆきさん)
夢の話がすごく怖い。
「ぴしゃりと尾を打ってのたうつ鮭の有様はまるで女の腰がうねるような錯覚を与える。」という一文は話の流れに直接関わらないが、これがあると「生きたまま鮭が!」という臨場感が出るし、「女の腰がうねるような錯覚」というのが実に暗示的で、うまく前後を繋ぎ合わせる以上の役割を果たしていると思う。
そして、実際に家は燃えているのだという持っていき方もうまい。
ただ、妻の描き方が現実離れしているというか、昼ドラ的すぎる気がしないでもない。


#10 青暗い夢(熊の子さん)
犬の名前が「カルト」というセンスは見習いたい。カルト。カとルとトの響きがいい。それに、犬が危険なときにも名前を叫びやすい。「あぶないカルトッッッ!」ほらね。だからこれはいい名前。
たららららららららぁ〜ん→ゴロゴロゴロゴロ→ぶるぶるぶるぶる→バラバラバラバラと、これは音が引き継がれる物語でもある。新しく音が現れるたびに不安が強くなる。「バラバラバラバラ」が聞こえてきて主人公とカルトはどうなってしまうのだろう。冷たい雨でさらに震えは強くなるだろうか。


#11 全力疾走(水島陸さん)
牛丼専門店サンボがわからないと面白くないと思うので勝手に解説すると、
秋葉原にある
○量が多くて安い(特に牛皿ってメニューがすごい)
○ゴキブリがいるという噂がある
○店内で携帯を使うと追い出される(マダムにめちゃめちゃ怒られるらしい)
というような店です。
ネタが2ちゃんねるだなあと思っていたらまたもや、今度は丼板で見つけてしまった。水島さんは2ちゃんねるのSS職人なんだろうか。
「ブタ女に感謝。ブタ女たちには感謝だ。」がヒラコーっぽいというかこういうの好きなんですよ。


#12 揶揄よ(Revinさん)
なんなんでしょうかこのタイトルは。やゆよ。ヤ行を変換しただけかもしれない。
個人的には、卑猥なことをばからしく(あくまでばからしく、「あはは、ばかだな〜」って)言って笑わせるというのが大好きなんでこれはもう完全にやられた。


#13 スプーン曲げ(藤田揺転さん)
「ステンレスのスプーンやフォーク」という言葉が実に11回も出てくる。15文字×11回で165文字、1000字中165文字、つまり全体の約6%を消費している。「そしてもし、」以降の文章は示唆に富んだ面白い文章なんだけれど、なにしろこの「ステンレスのスプーンやフォーク」ばかり目に留まってしまって落ち着いて読むことができなかった。好きな人は好きなのかもしれないけれど、少しもったいないと思ってしまった。


#14 擬装☆少女 千字一時物語4(黒田皐月さん)
うんこの話は残念ながら終わってしまったが、女装の話はまだまだ続いていた。
女装した友人を好きになってしまうというのは、ホモセクシュアルではなくて、純粋に外見のみを興味の対象としているということで、そんなに外見大事かよと思う。「女装し続けてほしい」=「可愛い人をずっと見ていたい」という欲求。それはそもそも恋ですらない。


#15 スザンヌ・ヴェガ(公文力さん)
スザンヌ・ヴェガの音楽を聴いたことがないのでタイトルがどのように物語に関連しているのかわからないのが残念だ。
具体的なようで象徴的だ。なにかを語っているようでなにも語っていないようにも見える。
男と女はこれほど接近しているにも関わらず互いに全然相手のことなんてお構いなしに自分の世界に埋没していて、いよいよふたりが交差する、というところで物語は唐突に終わる。あるいはこれは「始まり」であるのかもしれないけれど、これからふたりがどうなるのかさっぱり想像できないので困ったものだ。


#16 女友達Sへ。(夕夜さん)
隣にぴったり座られたくらいで勘違いするなんてうぶだなあ。
「一線越えたら、あとあとしんどいやん? 」てのが台詞だけは恋愛上級者みたいだけど、こんなの冗談でも言えないや。
かけひきとか全くできなそうで、それはそれで確かにやさしいというか悪い人ではないんだろうな。


#17 深海魚(心水 遼さん)
「時空を超えて急速に退化」という言葉がなんだか面白い。
光のトンネルを抜けて僕はもう一度人間に生まれましたってことなのかな。
魚でいたかった、と言うのなら、もう少し、魚ってたのしー!っていう描写があるといいかもしれないと思った。それとも、魚ではない今の状況があまりにもしんどいのかな。


#18 奇矯(ぼんよりさん)
ぼんよりさんの小説の登場人物たちは、何かに追い詰められて切迫していたりどうしようもない衝動に突き動かされていたりする反面で、諦めというか放棄というか一歩うしろから冷静に俯瞰で見ているというか、よくわからないけれど、そういう相反するふたつの要素が同居していて、ピシッとユルユルが同時に読めてお得だ。今回はユル分が多くて楽しい。
空き巣さんは実は途中で服を脱いでいるので、半裸(または全裸)で煎餅を食べているというのも見逃せない。


#19 Night Marchers(キリハラさん)
ロケットが飛び交う世界はいいけれど、それが『約束の場所』を探してだなんて馬鹿みたいだな、と思っていたら、主人公も同じことを思っていてよかった。
『青い蝶』って考えたの、ほんとにすごいと思う。星座に色っていう発想はなかったなあ、すごいなあ。


#20 西瓜の迷産地(とむOKさん)
不細工で憎らしくてキュートな生き物だなんて素敵だ。読んでいて心がうきうきする。僕のところに現れたら、彼女なんてどうでもよくなってしまいそうだ。この主人公にはどうにかなって欲しいけれど。


#21 風に戦ぐ夏休み(八海宵一さん)
塾に行っていても、こういうこどもらしさを失わずにいるならいいなあと思った。
風に吹かれて飛んでくるものは、ただのゴミ箱やビニール傘ではなくて、たぶん怪獣とか妖怪とかに見立てられた上でバットでぶん殴られるんだろう。そういうのはとても楽しい。


#22 作文貴公子(ハンニャ(集中力)さん)
あははは、ばかだなー。


#23 メロン(るるるぶ☆どっぐちゃんさん)
「太陽が砕け散るようにばらばらに、壊れてしまうんだ。」
太陽が砕け散ったことは今まで一度もないけれど、何故か納得できてしまう説得力がある。こんな比喩のやり方があるなんて!
メロンは本に対して大きすぎやしないかと思う。レモンだったら、片手で持ち上げて、その下の本をもう片方の手で取ることができるけど。メロン。アンバランスだ。そして鍬だ。畑でメロンは取れたっけ。取れたような気がする。まあどっちでもいいや。


#24 停電ワルツ(宇加谷 研一郎さん)
どうしても「マグノリア」という映画を思い出してしまうのだけれど、僕はあの映画が大好きだ。詳しいことは書かないが、それでも劇的になにかが変わるのでないところが好きだ。
この作品は、群像劇としての側面よりも、リパッティショパンとKの昇天についてのレビューとしての側面の方が強い気がする。それでも、青年とK子のショパンに対する思いは異なるもので、それがそのまま青年とK子の人間を描いていることになっていてすごいと思う。ショパンで人間を書き分けられるんだ。すごい。
これを読むとどうしてもショパンが聴きたくなってしまうけれど、我慢だ。まだまだ僕はロックンロールでいくんだ。


#25 百万人の笑顔と僕(壱倉さん)
薦めた本を楽しんでもらえるのは嬉しい。しかも、それによっておもしろ作家になることができただなんて「してやったり」だ。「僕」も負けずにがんばってほしい。


#26 唇(曠野反次郎さん)
タイトルからして今回は卑猥サイドのあらのさんだと確信したがまさにその通り、でもエロエロっていうんじゃなくて、なんだろう、うんこの描写と根っこは同じというか、記述、そうまさに記述って感じだ。そこにあるものを忠実に記述する、で、頭の中ではそれについて飛躍した考えを抱いている、やがてその見えているものと考えているものが交錯してくる。これがあらのさんの醍醐味だよなあと今さらながら思った。


#27 教授とハローグッバイ(藤舟さん)
さて、朝起きていなくなっていた「君」とは誰でしょう?
①妻の幽霊
②あたらしい恋人
③猫かなにか
正解はもちろん僕が知るわけもないのだけれど、この物語にはもうひとつ問題があって、それは「これは悲しい(または切ない)物語なのかどうか」ということだ。
「君」はいなくなる、車は盗まれる、雨は降る。朝11時に起きてゆっくり支度ができる、美しい経済の話をして給料をもらえる、昔の教え子が顔を見せにくる。いいことと、わるいことが、だいたいまあトントンである。この「いいこと」だとか「わるいこと」だとかいうのは外から見た感想であって、実際に教授が「いい」「わるい」と言っているわけではない。いいことばかりでもわるいことばかりでもない。僕らはけっきょくそういう生き方しかできないのかもしれない。教授はなにかに左右されて人生を生きているだろうか。平坦ではなくて、起伏はあるけれどプラスマイナスゼロの生活。すごく人間らしい。愛すべき教授である。