第55期感想

短編第55期→http://tanpen.jp/55/

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#1 ディスカッション(Qua Adenauerさん)
冒頭に書かれている討論の定義に従えば、Bが「これは討論ではない」と主張し、その主張について根拠を示し始めた時点でこれは討論である。つまり、Bが『我々の行為を討論だと仮定する。……(中略)……私の主張が成り立つのならば、我々の行為は討論ではない。』と語っているとき、既に討論は始まっているのである。とすれば、Bが『私の主張が成り立たないならば、討論が成り立たない』と述べてしまったのは、「私の主張は成り立たない(=主張が誤り)のでこの討論は私の負けだ」という意味になってしまう。
これは「論理的には間違ってないけどなんとなくおかしい」ことを主人公が冷たく突き放す(が、実はコーヒーが冷めるほど熱心に聞き込んでたというオチ)、という構図なので、論理的におかしい部分があってはいけないと思う。「俺は嘘つきだ」くらいの完璧な二律背反がよかった。詭弁担当のBの人にはもう少し頑張ってほしい。具体的に言えばBは「私は主張していない」とでも言うべきだったのだろう。

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#2 白の渦(クルミさん)
『私の中の白』は処女性だとか純潔性だとかを表しているのだろうか。だとしたら、それはとっくに消えてしまったのかもしれないなあ。『いつかは私の中の白も、渦を巻いて何処かへ消えてしまうのだろうか』と書いてはあるが、夢で見た『白い空間』を『懐かしい』と形容してることからも、それが既に失われてしまったもの(あるいはほとんど失いかけているもの)だということが推察できる。
全体的に、「よくある」雰囲気を抜け切れていないように感じた。援助交際、自己嫌悪。別にそれらの題材がありふれてるからいけない、というわけではなくて、「だから私はこうだ」という部分に踏み込むのが個性だと思う。「私の中の白」ということについてもっと膨らましてみたらいいかもしれない。

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#3 自分の世界(緋夕さん)
本当に面白いのはどちらかが消えてしまう場面の話で、これは回想シーンとして挿入される程度のエピソードじゃないかと思う。もしこの部分をメインに据えたいのなら、互いにとって互いが世界のすべてであるということにもっと説得力を持たせなければならないと思う。これだけだと、「この世界には二人しかいないからどちらか一人が居なくなっても崩れてしまう」と要約できてしまうから。
前回も同じようなこと言ったけど、たとえば美しいものを文章で表すのに「美しい」とだけ書いても面白くないってことです。

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#4 火星と小さなトスカネリ(千乃明ちよさん)
どちらかというと、トスカネリよりシュレディンガーの方がしっくりくるんじゃないかなあ。猫だし。信じれば火星も燃えている、というのは確かにトスカネリ的ではあるが、実際に燃えていないということはもうわかっているので、それで今度は火星に泊まろうって何だか残酷な気がする。どんなに信じても火星は燃えていないと知ったらどう思うだろうか。
ところで、このふたりはどこから火星を見ているのだろう。地球かな。

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#5 闇夜の湖畔(Et.wasさん)
『そして私はあまりの恐怖にしぼんで消えてしまった』って何だろう。もしかして、ここで本当に女が消えてしまったということだろうか。だとしたらこの後の文章を物語っている主体は誰なんだろう。怖いなあ。わざわざ霊媒師まで登場させたのに、怖さで消えた、ってオチはすごいなあ。
水面に映った自分の姿を見る場面はもっと盛り上がっていいと思う。

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#6 無題1.txt*(カイリさん)
救いが無さ過ぎてどうしたらいいかわからない。「理想の家族」って、今の現実の家族のメンバーの性格を変えたものが理想、っていうんじゃなくて、全く関係ない人たちと新たに築き上げた架空の家族が理想なんだな。それってほんとに救いが無い。何がきっかけでこういう話を書こうと思い立つんだろう。
主人公の死体を見つけたのが母親でなく姉だった、ということがたぶん意味のあることなんだろうけど、ここをもう少し読者に見せ付けて欲しかった。

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#7 頼むから僕からの電話には出ないでくれ(公文力さん)
酔ったときの電話癖について主人公は別段困っているようには見えないのだが、できれば電話には出ないで欲しいという、何て言うんだろう、この消極性とでも言おうか、深刻さの欠如、投げ遣りな様子、が良かった。僕はこういう性格の登場人物を好きになってしまう。

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#8 閉じる(TMさん)
『連中』ってのは、たぶん人とか社会の悪意の総意というか、そんなようなものなんだろう。別にそんなよくわからない相手とじゃなくたって、人間は憎しみ合ってるよな。悪い声だけ聞こえなくなったって何も変わらないんじゃないだろうか。
登場人物とシチュエーションが違うだけで、述べている内容は前期とだいたい同じだったので、次は違った切り口の作品を読んでみたい。

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#9 森に消える(makiebaさん)
俺はメタ小説が好きなんだ!と、それを差し引いても面白い。『行頭を字下げするのを忘れた』でニヤリとして、『黒い森はテクストでできていた』で昇天。ラストも観念の世界に拡散していっちゃわないで、うまく収束していて良いなあと思いました。

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#10 俺と(藤田揺転さん)
言葉の言い回しがかっこいい。大切に積み上げている感じがする。で、それはおそらく男の女に対する愛情についても同じことが言えて、温かく見守っている雰囲気が出ている。そういえば男が会話したり行動したりするところはあまり書いてないな。
ただ、一番最後の『〜、俺達。』という部分が取ってつけたようで不恰好だ。どうしても言いたかった一言なのだろうけど、語感の問題として。難しいな。

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#11 茜差す(長月夕子さん)
本人たちにしてみれば真剣なのだろうけど、ほのぼのとした雰囲気が出ている。この雰囲気を作っているのは間違いなく旦那さんで、『あ!バス停があったような気がする!』なんて実に無邪気で間の抜けた良い人、という感じが出ている。寒いときは跳ねろ、というのも妙に説得力があるけど間が抜けてて面白い。

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#12 やる気・元気・渡邉美樹(戦場ガ原蛇足ノ助さん)
作りこみすぎてない感じ、意味がありそうで無さそうというか。その微妙なバランスがいいと思う。主人公の心の動きがいちいち「あーあるある」と共感できて、そこもまた良い。

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#13 スケッチブックと君の瞳(心水 涼さん)
物語としてよくできているなあと思った。少年の描写もいいな。大きな瞳、とか、クレヨンで描くところとか。少年が描いた似顔絵については『圧巻だった。とにかく常識をこえているうまさだった。』ではなく、違った描写にして欲しかったとは思うけれど。

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#14 怪盗少女は夢を見る(サカヅキイヅミさん)
ラストの『いつまでも』の繰り返しは主人公の言葉と裏腹に余裕のなさが表れている気がする。共犯関係を築き続けることで、もっと言ってしまえば、盗み続けることで『蛍二』と一緒にいられるという期待。過剰な期待は余裕の対極。

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#15 おしりこ(冬口漱流さん)
こういった文章を読んでしまうと、自分の書く文章はなんと稚拙なことかと恥ずかしくなってしまう。表現の巧さ+内容の面白さ。こんなのがタダで読めちゃうなんてネットは広大だわ……と溜め息が漏れる思い。

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#16 モンスターハウス(Revinさん)
コントだ。しかも肩透かしオチだ。すごい勇気だ。でも笑う。勝手に頭の中で親爺はマッチョってことになっていたけれど、読み返してみたらどこにもそんなこと書いてなかった。こういう強烈なキャラを作り出せるってのはすごいと思う。

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#17 例えば千字で永遠を(黒田皐月さん)
ブラックホール相対性理論を知ると、誰もがだいたいこんなようなことを夢想すると思う。物理学の文学的解釈って確かに面白いんだけど、読んでる人にわかるように説明もしなきゃいけなくて、1000字という縛りがあると、その説明に割く字数がもったいない気がする。この場合だとスウィング・バイの説明とか。たぶん、るるるぶさんとかだと全く説明しないんだろうな。説明なしで、自分の書きたいことだけ書いちゃうっていうのも有りだと思う。だいたいの人は知らない単語が出てきたら調べると思うので。

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#18 阪急電車に乗って(宇加谷 研一郎さん)
宇加谷さんのこれまでの作品も読んでいる身としては、これ単体として読むことなんてもう不可能で、「あーここでこの人を出してくるかー」となんかもう連作でも読んでるような気分。そう考えると、確かにピザ焼いてくれるこっちの男の方が結婚に向いている(木村君は突然別の踵を愛してしまいそうだし)なあ、とか思って第45期『なあ、われピッツァくいたくないか』(http://tanpen.jp/45/19.html)を読み返してみたりして、まあでもこういう読み方ができるのも作家別作品一覧のある短編ならではだよなと楽しく読みました。

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#19 スキッペラン(索敵さん)
前半は確かに走っている様子が文体からも出ていていいと思うのだけれど、もし意図的にそうしていたのなら、スキップしてからはスキップしているような文体に切り替えてしうというのもひとつの方法だと思った。『景色もクリアに変わる』の辺りでどうにかできそう。
なんとなく文体が舞城っぽい。

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#20 きのうのけむり(とむOKさん)
『整理されゆく記憶回路に、安息は生まれる』というのがすごく示唆に富んだ台詞だなあ。と思ってそういう視点で女の作り話を読むと、「きのうのけむりが詰まった缶詰を壊す」というのも、これから女が男の「きのう」を壊すよっていう風にも読めるのか。
「昨日の話を聞く」という仕事に関する話だけでも物語にできるのに、そうはせずに「記憶」についての話にしてしまうのがすごい。

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#21 休暇のはじまり(三浦さん)
行動の羅列なんだけど、ぶつ切りになってない。動作の連続として文章が流れている。語尾を微妙に変えて一本調子にならないようになってるのかな。

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#22 漬物の話(わたなべ かおる さん)
こういう話って難しいよなあ、と思う。だって、別にわざわざ漬物に人間の言葉を喋らせなくても、たとえば厨房から出て来たおばちゃんが漬物を残すなと叱りにきた話にしたっていいわけだし。「大根だって美味しく食べられたい」なんて思いっきり人間本位の考え方だし。いや、待てよ。大根にしてみれば、人間に美味しく食べられている限りは種が繁栄し続けるということになるのか。じゃあ「美味しく食べられたい」と思うことは間違いじゃないんだな。
でも、やっぱり「漬物が話している」っていう特異的な出来事や台詞が欲しいと思った。畑時代の苦労話とか。

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#23 彼方の思い出(池澤さん)
言葉が上滑りしていってる感じというか、登場人物は深刻そうだけれど、そこに入っていけない感じがした。これはたぶん、何故女が男を殺そうとしたかとか、何故男が傷だらけなのかとか、男は女を殺す必要があったのかとか、そういう部分をわかった上で読まないと面白くないんだろうなあと思った。

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#24 アンイージイ(壱倉柊さん)
ちょっと中途半端だった。
車内の気まずさを表したかったにしても、カーステレオでラジオが流れてたら無理矢理話さなくてもいいような雰囲気になって逆に和むんじゃないかなあ。DJの話す内容がもっと馬鹿っぽくてもっとどぎついものだったら違ってたと思うけど。お父さんの話も、今度引っ越すことになったとかそういうことなんだろうけど、途中で話が終わってしまったことがあまり効果的に思えなかった。
お父さん途中で会話やめる→続き何て言おうとしたんだろうなあ→そういえばションタの様子が……みたいな流れだと意味がありそうだけど。

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#25 最後のキセル(ろーにんあきひろさん)
自転車で観光地をまわってるところは楽しそうで、いいなーと思いました。
ラストの部分は、ちょっと唐突に『無機質な今』と出てきて、主人公がどういう気分で回想しているのかちょっとわからなかったのが残念。

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#26 顔(qbcさん)
『端たない』に違和感を感じたが(僕のパソコンでは「はしたない」で変換しても出てこない)、調べてみるとこれで合っているらしい。もともと「ない(なし)」は強調の接尾語で「すごく半端」というような意味で使われていたが、「ない」が「無い」と同形だったため次第に否定的な意味に使われるようになったとか。ひとつ勉強になった。
面白かった。赤ん坊が移り変わっていくというのもよかったけれど、それより男女間の微妙な関係が面白かった。この主人公の男のダメな感じとか。

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#27 今日も過去を振り返るハゲ(くされハンニャさん)
『昔、犬がまだ狼っぽかった頃、歯はとても尖っていた』というのがハンニャ節だよなあ。『犬がまだ狼っぽかった頃』の後の読点、ここで次にうまいことでも言うのかと期待させておいて、ものすごく普通のことを言う。『一人暮らしの水回りは〜』も同じ構造。こういった小ネタを挟みながら全体としてはどんどんテンションが張り詰めていくが、ラストで特にカタルシスが得られるわけでもない。この「引っ張るだけ引っ張っておいて手を離しちゃう」感じ、これって、手の上で転がされてるってことなのかもなあ。

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#28 彼女はパラボイド(シュガーさん)
洋楽の歌詞を和訳したような雰囲気。ひねくれたラブソング。でもやはり、小説として読んでみると、もう少し何かがあって欲しいと期待してしまう。つまり、歌で言うところのメロディに該当するものが。

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#29 蒼穹(bear's Sonさん)
アインシュタイン相対性理論では、人は1000年先まで生きることができたとしても本人が実感できるのは一人の人間の一生分の人生だけのようだ』という一文が良いなあ。誰かに聞かれたらこう答えようっと。窓から入ってきた風で本が閉じる、なんてところもけっこう考えて書かれたんだろうなあと思わせる良い描写だと思った。

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#30 窓拭き魔、現る(二歩さん)
今度はわかりやすかった! しかもオチまで全然先が読めず、とてもよかったです。マリオとルイージで黄色い服着てたら確かに目立つなあ。
発想としてはドモホルンリンクルとかと同じだ。これは成功しそうだ。

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#31 小説を掴まえた(曠野反次郎さん)
シニフィアン。ついさっき(『森に消える』を読んだときに)調べたから俺だって知ってるんだへへへと思いながら読んだ。使い方よくわからないけれど。
一文が長い文章って、頭の中でぐるぐる考えているのに近い感じがする。あることを考えてる最中に、別のあることが紛れ込んできて、しょうがないからそれについても考察してみるのだけど、やはり本筋をないがしろにするわけにもいかず、ふらふらしながら結局文末では全く関係無いことを言ってみたりして、そういう文章を読むとその人の頭の中を直接覗き込んでるような気分になる。そして、覗きは楽しいと相場が決まっているものだ。

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#32 北京島にて(るるるぶ☆どっぐちゃんさん)
それにしてもこの時期のボウイは異常なかっこよさだよなあ。
参照:http://www.youtube.com/watch?v=8q-QQlYQ1ls
燃える手でギターを弾いたらやっぱりかっこいいんだろうな。

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#33 二人の部屋(克さん)
どんなにこちらから働きかけようとも、蜘蛛の方からこちらに働きかけてくることはなくて、たとえ手で握って潰しても、そこから何も感じられないという絶望感。で、消えてしまう。つまり世界は相互作用で成り立っているってことだよな。たぶん。