第51期感想

短編:http://tanpen.jp/

#1 教室と廊下の狭間(aqua.さん)
主人公の行動については妙に細かく(鞄を床に置いたあとすぐまた手に持つとか)描写されているけれど、何を考えているのかはいまいちよくわかりませんでした。校章を気にするというのも、真っ直ぐになるようにしているのか、斜めになるようにしているのか、それともただ何となく気にしているだけなのか、どうなんだろう。会話の最中に違うことを考えているのも、この女の子に対する興味の無さからなのか、国語の先生に対する思い入れの強さからなのか、もしかして国語の先生のことが好きだったりして。いやん背徳ぅ。


#2 ★小学生のラブラブ交換日記!(1990年8月〜12月分)★(奥村 修二さん)
これはあの、大喜利か何かのお題で「ヤフオクに出したら面白いもの」に対するひとつの模範解答ではありますが、ここからもう少し面白くできるんじゃないかなあと、なんだかもったいなく感じました。ほとんどタイトルでオチてますからね。
小学生のときに交わした交換日記を読み返してみたら、女の子は占いの話ばっかりしていて、僕はそれについて「当たってる!」とか言ってるだけでした。あまり面白く無かった。


#3 まっすぐに見ろ。(藤舟さん)
死というのはそれだけで過剰な存在で、更に教訓めいたことを明言されると辟易してしまうので、個人的にはこれくらいの雰囲気がちょうどいいと思います。ラストの一文が何を意味しているのかいまいち読み取ることができず、無念。


#4 ストーリーテリング(公文力さん)
せっかく勧善懲悪ではない物語を作って聞かせたのに、息子はやはり「悪い奴は抹消しなければならない」と、《人は 悪い奴を 完膚なきまでに 抹消したいのだ》という主人公が気付いてしまった真理を補強するような結論をつけてしまう。話そのものはわかりやすいけれど、息子に語って聞かせた物語がなんとも言えず奇妙で恐ろしいもので、こういうひっかかりのある文章はやはり良いですね。


#5 夏夜(熊の子さん)
木になったからといって何か解決するわけじゃないのが寂しい気分になります。なぜ悲しいのかの理由も忘れてただ泣き続けるだけなら、むしろ状況は悪くなっているような気もします。木に登って泣くように言った女は何か得したのでしょうか。こいつセミかな。


#6 起承承承(振子時計さん)
このほのぼの会話はいいですね。タイトル通り、変な方向に転がらず「ああ、うん。そうだね」という感じで話が進んでいきます。あ、「カンカン」てぴったんこカンカンのことか。気付けてよかった。


#7 アキトとユキコ(朝野十字さん)
ペニスを取られたアキトが今度はアナルを開発される話かと思ったんだけど違いました。宇宙人が出てきた時点で「なんでもあり」になっちゃってるので、種がわかっている手品を見ている感じというか、不思議なことが起こっても驚けませんでした。


#8 田園とマイナスのこども(神藤ナオさん)
このまま短編映画にしてしまいたいような感じですね。立体的な動く絵です。タイトルにある「マイナスのこども」、そして「魚の幼生のように醜くのっぺりしている」赤子の顔(つまりまだ十分には育っていない赤子)から、これは母体内に居る胎児の話で、「五ヶ月後に行く町」が出産、列車の乗客が繰り出す「鉤」というのが堕胎に使う器具をイメージしたものであるとも読めますね。そうやって読み返すとまた違った風に思えてきて面白い。


#9 ありがとう ドンフアン(Don Juanさん)
外国語の文章を直訳したような文体で、日本人にはオチがわかりづらいアメリカンジョークを読んでいるような気分でした。


#10 それでも生きていた(金澤蘇悠さん)
おそらく様々な場所で様々な人が同じようなことを言ってると思いますが、主人公が人間ではないとき、その主人公は人間のような感じ方をする必要は全くないのです。蟻は自分の身体のサイズが基準なのだから、自らを「黒い点」とは表現しないと思うのです。踏みつけられる場面も、一度自分が踏みつけられるとまた違った視点から描けるのではないでしょうか。もちろん僕は踏まれたことありませんけど。


#11 擬装☆少女 千字一時物語6(黒田皐月さん)
女装してるけどヘテロセクシャルな男と付き合ってる女の子の心理は如何に!という面白い話かと思いましたが、やはりあまり深くは追求しないんですね。冒頭部分を除けば、「海」がただ単に「嗜好も趣味も友達関係も女の子のそれでできて」いる(女装はしていない)という設定でも十分通ってしまうので、あまり女装をうまく活かせていないなと思いました。


#12 relief(いずみさん)
僕はまだ恋愛に幻想を抱いているので、こんなに現実臭い話を突きつけられると「やっぱり恋愛って自己満足なのね」と幻滅してしまいます。うん、でも確かにこういうカップルは実際にいそうだなあ、と思わせる生々しさがありますね。


#13 嫌な人々(タコ ト スさん)
このくらいの夢で心を入れ替えてしまうのは少し説得力に欠ける気がします。節約好きのおばちゃんを『嫌な』人に分類してしまうというのは、かなりひねくれていると思うので。


#14 やっぱ亀かな(sumuさん)
比喩に比喩を重ねていくと、どんどん現実から遠く離れていって、なんとなくしか伝わらない文章になってしまうので注意が必要です。「崖」というのは「どう転ぼうが」そこに辿り着いてしまうものなのでしょうか、それとも、「そっちへ続く道を選ばない」という選択肢も有り得るものなのでしょうか。その辺りをしっかりと定義する必要があるように思います。


#15 揺れる雫とその間で(長澤あずささん)
「聞き覚えのある男の声」によって過去を思い出す、という流れかと思いきや、その「男の声」からして幻聴だったということでしょうか。これが「機内のスピーカーから『ノルウェイの森』が流れてきて、それでどうしようもなく過去を思い出してしまう」だと「ノルウェイの森」になるわけですね。
ところで、#13「嫌な人々」にも出てきましたが、主人公の紹介方法として「主人公の名前、○○歳。」というのはちょっと安易すぎやしないかと思います。確かに短い文字数で如何にして主人公を説明するかというのは難しい問題ではありますが。


#16 歯医者(わらさん)
「舌で彼女の指をなめ回すことを想像してみる」って、うわーそこまではさすがに想像したことない!と思いました。変態ですねえ。「歯医者」と「敗者」みたいな駄洒落は僕もよく考えているのでシンパシーを感じます。


#17 畠山 洋子のショー(otokichisupairaruさん)
状況を羅列しているだけの前半は少し平面的すぎるように感じましたが、「畠山 洋子」が海に飛び込むところはスリリングで良かったです。かっこいい。


#18 初冬の賭博師(壱倉さん)
さすがにゲーム内の通貨で「円」はないだろうと思いつつも、「ゲーム内での通貨はギルとかゴールドだけど、会話してるとつい円と言ってしまう」というような設定だとしたらすごいリアリティがあるなあとも思いました。どちらでしょうか。そういえば黒田硫黄の「茄子」にも同じようなシチュエーションの話があったな。


#19 生活問題(qbcさん)
こどもがダンボール箱を被って迷走する話と、主人公が抱える新生活への不安がうまいこと交錯していて、こういうやり方は特に千字なんていう極端に短い文章ではとても有効だと思います。というか僕も本当はこういう風に書きたいんですが、なかなかうまくはいかないものです。


#20 古田さんと押売り男(宇加谷 研一郎さん)
僕も学が浅い人間なので、「ハイデッガー」「アレント」「クライバー」なんていう単語が出てくるとそれだけで「あんれまあ、なんと知的なことだろう」と感心してしまいます。この押売りの男は「うまい、うまいよ」の台詞に象徴されるように、頭は悪いが性格は良い男なんだろうと思います。可愛い奴です。僕だってこんな風に美味しいものをご馳走されたり手取り足取りいろいろ教えていただきたい。


#21 黒い猫と白い私(宇枝さん)
猫の死体に対してほとんど感情的な感情を持っていないように見えるけれど、「この物体」「少し前までは猫であった物」「私の行為は全く無意味」など、「猫の死体なんて大したことない」ということをわざわざ強調していることが、逆に猫の死を重大に扱っているようにも思えました。


#22 オーバーザレインボー(るるるぶ☆どっぐちゃんさん)
「ステンドグラスは今日も綺麗で、聖女と聖女は今日もその色彩に白い身体を晒しながらお互いのふとももを舐めあう。」なんて一文が書けたら僕は幸せだと思います。「聖女と聖女」なんていう重ね方はなかなかできません。


#23 ポリポリ(トイレ方向へ消えるハンニャさん)
トイレ方向に消えないで……だって……寂しくなっちゃうから……。
うさぎがとてもかっこよく描かれていると思いました。


#24 自己紹介(エルグザードさん)
なるほど、故郷は英語圏で、日本にきて初めて「図書館」という名が冠された建物を見つけたんですね。違うか。それともヌ・ギッツィーニ的なシュール話なのかなーどうかなー。


#25 影踏み鬼(とむOKさん)
話の構造自体はよくある怪談話なのだけれど、なにしろ影に結び付けた描写が巧いですね。非常に参考になります。


#26 踊るは私(くわずさん)
なんだろうなあこれ。何かの形に見えるのかと思って引き伸ばしたり縮めたり、線がずれてるところで改行したり、くわずさんのサイトの文章の幅に合わせて折り返してみたり、紙に印刷してみたりしたけどよくわからなかったです。あと思いついたのは、川の流れなんじゃないかとか、オルゴールの音を刻んである金属板みたいなものなんじゃないかとか、専用のカードリーダーに通せばいいのだとか、ダンスステップの手順なのかもしれないとか、で、はたと気付いたのは踊らされているのは僕だったという、そんなオチでいいんでしょうか。


#27 老人の日(曠野反次郎さん)
「老いを学ぶ」という話をよくここまで膨らませることができるもんだなあと感心しました。考えの契機になった場面にリアリティがあるために、その後の考察にも説得力が出てきます。


#28 雨(川野直己さん)
これもすごいですよね。要約すると「警備員のおっちゃんと立ち話をした」という話なのに、どうしてこんなに面白く書けるんでしょうか。静かな文体に主人公と警備員の人間味が滲み出していますね。